究極の防災手段としての不食

 自分が1日に100Kcal以下の超小食になって改めて気付いたのは、「不食」または「超小食」というスタイルは、『究極の防災対策』であるということです。

 私は、2011年の震災直後に被災地支援のボランティア団体「ビジョンネット」を立ち上げました。

そして3月末から宮城県南三陸町の歌津中学校避難所の家庭科室に支援事務所を設置し約6ヶ月に渡って仲間とともに継続的な支援活動を行って来ました。

 避難所の生活の中で最も大変なのは、「食べる事」だったのです。

 数百人分の食事を1日に3食作らなければなりませんので、その手間やエネルギーは大変なものでした。

 もちろん、全国各地からの支援物資や炊き出しもありましたので、震災後数日経過後は食材を確保することは出来てはいました。

しかし作ることと配る事、片付けること、そして何よりも大変なのは「3食食べる事です。」

 避難民の方々は大切な家族や全財産を失ったショックで自失呆然としている人が大部分でしたので、避難所としては、「ご飯を食べて元気を出そう!」というムード一食といった感じでした。

 もちろん、それは良かったとは思うのですが、何しろ体を動かす事もあまりなく食べてばかりいるわけですから、それはそれで大変なわけです。

 

 とくに4月以降は肉が出る事が多かったのですが、肉というのは消化するのに多大なエネルギーを消費します。

 肉以外の食材でも3食腹一杯食べていることにより、「食べる、消化する、食べる、消化する、食べる、消化する」というサイクルがひたすら繰り返されるうちにどんどん元気が無くなってきます。

気力が無くなってくるのです。

 

 もし震災前に『人は食べなくても生きていける』ということが知識としてでも常識化していたらどうなっただろうか?

 と私は考えてみました。

 

 そのような知識があるだけで、さらに言えば不食や超小食の人が一人でも町にいるだけで、避難所のみなさんの精神状態はまったく異なったものになった可能性が多いにあったと思うのです。

 

 まず震災直後に食料がない状態でも落ち着いていられると思います。

 今流行のファスティング(断食)だと思えば良い訳です。

 人は水がなくても2、3日、食べ物がなくても2週間は生きていけますので、健康な人はファスティングして本当に必要とする方に水と食料を譲れば良いわけです。

 さらに避難所では3食を途切れずに供給するために7割以上のエネルギーと労力を費やしている感じでしたので、これを2食または1.5食にするだけで、本当の復興作業へとエネルギーを振り向けることが可能となります。

 

 3食食べることにより、頭の回転も鈍くなり、体力も奪われるということを多くの人は知らないのです。

 「がんばるためには3食きちんと食べねばならない」と経済至上主義による巧妙なマーケティングにより見事なまでに洗脳されているからです。

日本中の人が江戸時代のように1日2食に、できれば1日1食に戻れば、大災害が来たとしても、精神的にも、物理的にも、肉体的にも相当余裕があるはずです。

 

しかも1億2000万人の人が1日2食になれば、電気エネルギーも節約できますので原発は不要です。

 

ただ経済的には停滞するかもしれませんが、医療費を年間38兆円、国民一人当たり30万円もつかっている病人大国でお金だけあってもまったく幸せせ感はないと思います。

 

というわけで私は、究極の防災手段、究極の防衛手段としての不食をこれからも研究して行きたいと考えています。